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help リーダーに追加 RSS 東京大空襲があった地で働くことになって

<<   作成日時 : 2008/04/04 16:40   >>

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東京大空襲と、今なおイラクで繰り返される悲劇を想う


東京大空襲から63年の月日が流れた。もちろん私は経験したわけではない。今年になってからなぜか各局こぞって特別番組を放映している。いままでは広島、長崎の原爆に隠れてるように思えたが、こちらだって死者・行方不明者が10万人にもおよぶ大惨事であることには変らない。

終戦間際の昭和20年3月10日、B29の大群が低空で飛来し、焼夷弾約38万発が投下された。これは広島・長崎に投下された原子力爆弾と比べても遜色ない惨劇だ。なぜアメリカはこのような非人道的な仕打ちを今なおこの時代においても繰り返しおこなえるのか不思議でならない。

この空爆に加え、原爆の投下が決め手となって終戦が早まったかのようなことを言う意見が必ず出てくるが、とんでもない発言だ。いずれにしても日本にはアメリカ本土まで行って攻撃する能力などなかったわけだし、アメリカが殺戮した何十万といった人たちは一般の非戦闘員であり、あきらかな戦争犯罪にほかならない。どんな理屈をつけてもこの行為を正当化することなどありえないのだ。

もちろんアメリカだって中国だって平和を望む人は多いだろう。というか、ほとんどの人はそういった人々のはずだ。軍事統制下の日本だって国民のほとんどは平和を望む心優しい人たちだったに違いない。どの人にも家族もいれば、愛する人もいる。誰だって他人の幸せを奪いたいなんて考えるやつはいないだろう。ではなぜ戦争がなくならないのだろうか。

それは国のトップが無能な上にチキンの集まりだからだろう。と言ってしまえばそれまでだが、やはり軍需産業や、国防費に群がる利権の亡者達による影響があるのかもしれない。いずれにしても自らの手は汚さないで済む立場の人間がおかしな判断を繰り返しているうちは永遠にこの世界から紛争はなくならないだろう。

よく軍縮の論議になると、『だったら他の国から侵略があったらどうするんだ?』、『ミサイルを打ち込まれたらどうするんだ?』といった意見が出てくるが、それこそ論拠も何もないたわ言だと気づいてもらいたい。答えは『その時はその時』だ。60年前のあの時、家庭から鍋や釜までも巻き上げて玉砕の覚悟で望んだが、文字通り返り討ちにあってしまった教訓を忘れてはないだろうか。何をもって大丈夫など言い切れるはずなどないのに、まるで安全を保障するかのような発言は政治家がすることではない。

会社から近いところに【東京都慰霊堂】がある。ここは関東大震災で亡くなった人たちのための施設だが、東京大空襲の身元不明者の遺体も安置されているところである。この世界のどこででも悲劇が繰り返されない平和が訪れることを祈りたいと考えるこの頃である。

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